園長のひとりごと

出来るようになったら自分でする
2026-08-17
生後の発達を大まかに辿ると、首が座る、寝返りをうつ、ハイハイが始まり、つかまり立ちに挑戦、そして一人歩き頑張ろう!という過程になります。その後、靴の脱ぎ履き、服の着脱と自分の力で出来ることが徐々に増えていきます。そしてこの時期、これらの発達を目の当たりにした我々大人は「自立のスタート」をしっかりと感じることが重要となります。また同時にその自立をなるべく妨げないように立ち振る舞うことを自らの心に言い聞かせることも大切です。解りやすくいうと、自分で歩くこと、靴の脱ぎ履き、服の着脱に対して過剰な手助けをしないということです。「その年齢、月齢において難なく出来ることだけをして過ごす」、もう一方「多少の難があっても一度出来たこと、出来そうなことは繰り返し挑戦して過ごす」この両者の環境を比較すると自立心の成長に大きな差が生まれます。勉強に例えてもう少し説明すると、2~3才では少し努力のいる大小、長短の理解、区別も小学生になれば簡単です。しかし2~3才の時その壁を乗り越えていなければ、小学生では少し努力のいる算数とは距離を置いてしまうかもしれません。中学生にもなれば足し算引き算は簡単なことでしょう。しかしその時求められる数学とは向き合えないかもしれません。その後の進学、就職活動も然り、今現在を「難なく出来ることだけをして過ごす」では様々な局面で主体性を持てず、状況に甘える存在になってしまうかもしれません。自立心が芽を出すタイミングは人生のなかで多々存在し、個人差も当然あります。しかし、幼き頃の過剰な援助が自立心を萎えさせ、負の連鎖をスタートさせる原因となるのであれば早々に取り去りたいものです。特にお急ぎの用がないときには、子どもたちの「出来るようになったら自分でする」を大きな心で見守ってあげて下さい。同時に「今出来る努力は、今させてあげる。なぜなら、それは今しか出来ず、来たる喜びも今しか得られないため」も子どもたちの未来の為に是非心にお留め頂きたいと思います。 
 
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科学の進歩&子育ての退化
2026-04-17
 今、世界はどんどん便利になっています。仕事も家庭も多くがコンピューター(AI)によって助けられています。これは教育、子育ての現場においても例外ではありません。スマホ・タブレットの学習、辞書、ゲーム、いつでもどこでもの世界が現実になりました。僅か数十年前、人間の生活には多くの動きが必要でした。電気機器も少なく、ましてやリモコン一つ、声一言で、あらゆる操作が出来る現代とは程遠いものでした。子育てに於いても、幼児教育と云われるものは今日のように確立されてはおらず、自然の中、家庭の中での生活が、そのまま教育になっていました。外では季節、気候、生命を感じ、家では家事手伝いの日常生活から、細やかな身体動作を学び、忍耐力、集中力も身に付けました。そしてそのなかにある人間関係から対人能力も育ちました。それが今では、脳科学と幼児教育が関連付けられ、その理論を知り学ぶことで、大人の心からは遊びが無くなり、焦りが生まれています。「この時期に、これが出来れば、こうすれば」個人の発達段階に合わせてとはいうものの、子どもを見る目に余裕もなければ隙もなく、結果的に子育て迷路に迷い込み、何が最善なのか暗中模索の苦悩が生まれています。多少の良き結果が出ても、親子共そこに感動、喜び、新鮮味は僅か、すぐに次を求め彷徨います。大人は、このような両者不完全燃焼という結末を未来に招かぬよう、生活、学びにゆとりと隙を作り、不便の中から光を見つけ、自ら伸びる環境とは何かを今一度見直す時期ではないでしょうか。本当に大切な幼児教育は昔から変わることなく、日常生活のなかに多く存在していることに改めて目を向けて頂きたいと強く感じます。
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祝卒園そしてオンラインへ
2026-03-28
 ふじ組のみなさん、そして御家族の皆様、ご卒園おめでとうございます。保育園で過ごした日々はどうでしたか?楽しかったこともあれば、悲しかったこともあったことでしょう。興奮し高揚したこと、辛抱し継続できたこと、特に年長となったこの一年間は、様々な経験を積み重ねた豊かな一年間だったことと思います。そしてもうすぐ卒園を迎えますが、息つく暇無く小学校での新生活が幕を開けます。保護者の皆様には以前もお伝え致しましたが、子どもたちの生活環境をネットワーク的に例えますと、就学前はオフライン、そして就学後はオンラインとなります。これまでのオフラインでは様々な場面で大人の意思が子どもの生活、言動に介入できたことと思いますが、オンラインになるとそれも容易ではなくなります。子どもたちは独自の世界を急激に進歩、拡大させ、その速さと広さに大人たちは驚かされます。良くも悪くもオンラインとなった世界は日々大きくなり、大人の目が届かない部分が増えていきます。保育士から毎日のように繰り返されたその日の報告は無くなり、子ども自身から聞かされる情報が頼りの綱となります。まだ聞かされるなら良き環境ですが、それが無くなると学校という社会での成長を知る術がなく、不安が募ります。しかし、嘆くことはありません。これが成長、自立への新たなスタートなのです。皆様も過去の自分を振り返ってみてください。我が心が自信に満たされた行動でも、親の不安が途切れることはなく、我が心が安心の時も親は常に心配してくれたものです。ではその結末までを振り返り、今、親に掛ける言葉があるとすれば、それはどのようなものになるでしょうか。まずは「感謝」これは言うまでもありませんが、親の想像を超えて正解を選んで来た実感もしっかりとその脳裏に刻まれているのではないでしょうか。その時は無駄、無理だと思われ言われたことも肥やしとなり、今自分の存在を支えてくれているのではないでしょうか。今年度の卒園児は、新型コロナウイルス感染症流行の直前にこの世界に導きを受けました。人格形成に重要な乳児期は日々感染の恐怖にさらされ、その後も周りはマスク顔ばかりで、笑顔という癒しの表情から引き離された期間も長く経験してきました。また保護者の方もやり場のない不安のなか、子どもたちを必死に守る日々を過ごされたことは想像に難くありません。あれから6年、労苦を共にした子どもたちはこんなに逞しく成長しました。お母さんお父さんにそっくりな笑顔もしっかりと育まれました。オフラインでの生活はこの卒園をもって無事完結です。桜の開花を見上げつつ、暖かな日差しに背中を押され、この春も16名の子どもたちがオンラインに繋がれます。信じましょうその力を。信じましょうその心を。まだ見ぬ世界に希望を抱き、子どもたちの歩みがいざ始まります。みんなおめでとう。good luck・・・
 
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秩序
2026-02-09
 お絵かき、はさみ切り、シール貼り、保育園で子どもたちは様々な作品を作っています。上手・下手は別として、成長の証として次々に個性的な作品が仕上がります。これらの作品を時系列で見ていくと、単体では見えにくい発達過程が一目瞭然で見えてきます。特におすすめの一品はシール貼りです。シール貼りは、当初意図する場所に貼れない状態からスタートします。それが数ヶ月の時を経て徐々に貼りたい場所に収まり、その後、模様や絵があるシールに関しては上下左右も揃っていきます。そして、最終的には貼りたい場所にビシっと綺麗に整います。満足満足。この作業をひとつ見ても、子どもたちのなかには、しっかりとした秩序が存在し、成長していることが解ります。秩序とは「物事を行う場合の正しい順序・筋道。その社会・集団などが、望ましい状態を保つための順序やきまり。」といった感じなのですが、この説明は美「形、色彩が整ってきれいであること。うつくしいこと。また、そのさま。」にも繋がります。「秩序と美」う~ん・・確かに共通性は感じるけど、どう役立てれば?と首を傾げそうな話しですが、環境構成を難しく考える必要はありません。綺麗なものを見て「綺麗だね」と言えるような子育て環境を整えて頂くだけでも良いのです。子どもを抱きかかえ、同じ目線で「綺麗だね」と感動を共有してください。幾何学模様のように対称の美しさもあれば、風景のような自然美もありますのでそこに細かな解説は要りません。「綺麗だね」の一言で親子の感動はシンクロし、子どものなかに美への関心が生まれます。それは自然と秩序に繋がり・・good jobです。生活のなかに「片付けて~!」だけではなく「うぁ綺麗~!」も沢山取り入れて頂き、「秩序と美」それぞれの発達にお役立て下さい。
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レールを敷く
2025-11-10
 皆様、今、目の前にレールは見えていますか?昔からよく「子どもの人生にレールを敷く」という表現があまり好ましくない意味合いで使われますが、皆様の子育てに於ける現状はどうなっておられますか?またレールを敷くとは一般的に、子どもの学業(進路)に対してよく用いられる表現のように感じますが、乳幼児期にも人生のレールを敷くというような試みは必要だと感じられますか?・・私は必須だと感じます。就学前の環境は人格形成に多大な影響を及ぼすことは幾度となくお伝えしておりますが、健全な人格へと向かう為にしっかりとしたレールが、それも学業用に敷くレールとは異なるレールがこの時期には必要だと感じます。子どもの成長を羅針盤に見立て、その中心に親が立つ。そして自らの経験、願望から主観的にまっすぐ伸びる線を引く。それが親の敷くレールです。しかし乳幼児期の今、立っている羅針盤は学業(進路)用ではなく、人格形成用の羅針盤です。そして敷かれたレールの出発地、目的地は共に「愛」という尊いものです。愛されて生まれ、愛してくれる人がいる。そのことを知らせるレールが、親が子どものために敷く最初のレールなのです。その後も喜怒哀楽に代表されるような様々な感情、そして道徳、ルール等、子どもの人格形成の為に前方180度の半径は親の敷くレールで埋められていきます。しかし親が敷けるレールはここまでです。中心から後方180度の半径はもう親の目には届きません。そこは親から自立した子どもが主体性を持って自らの力でレールを敷かなければならない領域なのです。どのようなレールで後方半径が埋められていくのか、とても気になるところですが、親として「愛」という中心からスタートさせた様々なレールが、今も子どもの心で育まれていることを信じるしかありません。人格形成のため、前半のレールを親が子に示すことはとても重要な教育です。親が前半のレール敷きに力を振るわず、曖昧な物にしてしまうと子どもたちの進路は不安定なものとなり、その迷走も想像に難くありません。人格形成のレール、特に乳幼児期に敷く前半のレールは、子どもたち(後半のレール)のために自信をもって頑丈なものをまっすぐに敷いて頂きたいと思います。それが生涯の道標となり、途中で曲がっても、時には大きく捻れても、最後には幸せなゴールへと向かう「子ども自らのレール敷き」に必ずや貢献してくれることでしょう。
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